沖縄平和学習のすすめ

私たちは9日間にわたり沖縄本島を訪問し、過去の沖縄、現在の沖縄、そして未来の沖縄に触れてきました。資料で勉強していても現地に行くのといかないのでは感じ方が違います。
1つ想像してみてください。
ここは沖縄です。上空にオスプレイが飛んでいます。どんな音がしますか??
テレビで見る沖縄、本で読む沖縄だけでなくぜひ現地を訪れて感じてほしいと思います。

佐喜眞美術館

米軍普天間基地の返還地に建てられた私設美術館。沖縄戦を体験した方々の証言に基づき描かれた丸木位里・丸木俊「沖縄戦の図」が常設展示されている。 

普天間飛行場

沖縄県宜野湾市にある在日アメリカ軍海兵隊の基地で、通称"普天間基地"と呼ばれている。総面積は約480ヘクタール(東京ドーム約102個分)で、市の4分の1を占める。住宅が密集する場所に存在するため「世界一危険な基地」と呼ばれている。

ひめゆり平和祈念資料館

ひめゆり学徒隊に関する資料館で、戦争の恐ろしさや平和の大切さを語り継ぐために設立された。ひめゆり学徒の遺品、写真、生存者の証言映像や手記、伊原第三外科壕内部を再現したジオラマ等を見ることができる。

平和祈念公園

世界の恒久平和を祈念し、平和情報を発信する場所。「沖縄戦終焉の地」である沖縄県本島南部の糸満市摩文仁にある。

公園内には平和祈念資料館、平和の礎、平和祈念像等、様々な施設がある。

沖縄県平和祈念資料館

平和記念公園内にあり、沖縄戦の実相を知ることができると同時に、その歴史的教訓を学ぶことができる資料館。

沖縄戦関係の実物資料や写真パネル、沖縄戦体験者の証言文や証言映像などを見学することができる。

南風原文化センター

南風原・沖縄に関する歴史資料や沖縄戦に関する展示や、移民やむかしの暮らし等の展示を行っている。沖縄陸軍病院南風原壕の様子を再現したジオラマや、掘り出された遺品等、見学することができる。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

太平洋戦争中、日本軍は沖縄戦に備え、南風原町の黄金森と呼ばれる小高い森に、沖縄陸軍病院壕群を構築した。ひめゆり学徒隊が配属された場所としても知られている。ここで傷病兵の治療が行われた。

首里城

我々はエキスパート集団である以上に、情熱とスキルを持って力を発揮する、同じ志を持つ同士といえます。

第32軍司令部壕跡

1944年、日本軍第32軍は、司令壕を首里城の地下に築き、司令部をおいた。全長1000m以上にも及ぶコンクリートで固められた人工壕。内部は公開されていないが、その跡を見学することができる。

チビチリガマ

(※ 1945年4月1日、米軍が上陸すると、住民はガマと呼ばれる自然洞窟や亀甲墓などに身を隠した。)

沖縄戦で避難壕として使われた自然洞窟。アメリカ軍の沖縄本島上陸の翌日、「鬼畜米英」とアメリカ兵の残虐さを教え込まれていた人々が、アメリカ兵からの仕打ちを恐れて、肉親同士殺しあうという凄惨な「集団自決」が行なわれた。避難者約140人の内、83人が亡くなった。

シムクガマ

チビチリガマから南東に600m離れた場所にある自然洞窟。

米軍にこのガマを発見され、洞窟内の人々がパニックに陥っていた時、ハワイ移民の帰国者である比嘉平治氏と比嘉平三氏が「アメリカ人はむやみに人を殺さない」と説得。その結果、全員投降し、1000人前後の避難民の命が助かった。

不屈館

沖縄の祖国復帰と平和な社会の実現を目指した政治家瀬長亀次郎の資料を元に、米軍統治下の民衆の歩み、戦いを学ぶことができる資料館。

対馬丸記念館

1994年、沖縄から長崎に向かう学童疎開船対馬丸が米潜水艦の攻撃を受けて沈没した。

この事件の犠牲者の鎮魂と、平和と命の尊さを教え、事件の実相を後世へ伝える為に設立された。